考察・千田夏光~カナダを通して~(平成29年4月1日)

<前提>

〇朝日新聞が20万人強制連行を報道した際の参考資料として開示したのは唯一「朝鮮を知る辞典」(平凡社、86年版)しかない。この辞典で強制連行を執筆した朝鮮近代史研究者の宮田節子は千田夏光著の「従軍慰安婦」が唯一の参考資料であったと話している。宮田の弁「慰安婦の研究者は見あたらず、既刊の文献を引用するしかなかった」。つまり、朝鮮近代史を研究して辞典の執筆をするほどの人物でも、1986年の時点で慰安婦や強制連行に関する知見が全く無く、千田夏光を受け売りするしかなかった。

〇1985年「従軍慰安婦」の解説を書いた秦郁彦は「著者の千田夏光は1924年生まれ、戦場経験は、新聞記者時代にふとしたきっかけで、このテーマと取り組むようになった。全体像をつかむにはまだ不満が残るが、他に類書がないという意味で貴重な調査報告といえよう。」と当時は評価した(Wiki)。秦教授によると1985年の時点で「他に類書がない」としている。

〇朴裕河(パク・ユハ)著の「帝国の慰安婦」でも「その慰安婦の存在を世に広く知らしめたのは、日本人だった。それは一九七三年、『従軍慰安婦“声なき女”八万人の告発』という本を出したジャーナリストの千田夏光である。それ以前にも小説や手記などに慰安婦たちは登場しているが、一冊の本を使って彼女たちをクローズアップしたのは、この本がおそらく初めてであろう」と書いている。やはり千田夏光が初めてであるとしている。

〇1978年版「従軍慰安婦」は1978年9月30日に第1版第1刷発行になっている。同書がブリティッシュコロンビア大学(UBC)において同じ1978年中にリクエストされている。同年は残り3ケ月しかないのに流れ作業のようだ。この蔵書を引用文献として反日論文が書かれていった。(要調査)

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    1978年9月30日第1版第1刷発行(UBC蔵)
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    1978年に同書がリクエストされている

〇ウィニペグ人権博物館の展示物の決め方を問い合わせたところ、委員会の判断材料として千田夏光の名前を出してきたという。日本人でもほとんど知らない名前を知っている。中国から与えられた情報なのだろう。この人権博物館の一番最後に掲げられているパネルが次に示すものである。絶大な資金提供を受けるのと同時に、反日に関する情報も与えられていたことは想像に難くない。

  • sendakako03『中国系カナダ人コミュニティの絶大なる支援を受けている』

<前提まとめ>

 朝日新聞が唯一の参考資料とし、朝鮮近代史の研究者が唯一の元ネタとしたのが千田夏光著「従軍慰安婦」。ほかの学者も「(千田の他に)慰安婦の研究者は見あたらなかった」「他に類書がない」「(千田が)おそらく初めて」と口をそろえて千田が一番初めであるとしている。カナダにおける反日の重要な証拠にもなっている。慰安婦問題のあらゆる場面で千田夏光が発信源となっているのだ。しかも唯一の発信源とすら言えるだろう。

<仮定>

 他に慰安婦の研究者がいなかったので千田夏光の本が多方面で引用され判断材料となっていった。ではなぜ誰も知らない慰安婦問題に取組もうと思ったのか?結論が先にあったと考える方がスムーズである。存在しない「慰安婦問題」をでっちあげ、「20万人強制連行」「性奴隷」を捏造したのではないか? 中国生まれのジャーナリスト千田夏光は中共の手先としてはたらいたのではないか?
 実際にこの千田の「従軍慰安婦」を引用して多くの反日論文が書かれ、反日本が出版され、大手マスコミが「20万人強制連行」「性奴隷」を世界中に広めることになった。実際には存在しない慰安婦問題の証拠資料として広範に悪用されたのである。

<検証>

①千田夏光の人物像
 1924年、大連生まれ。日本大学中退後、毎日新聞入社、1957年からフリー作家。日本共産党の熱烈な支持者で不破前委員長の後援会会長。反日的素養満載の人物である。千田の経歴やエピソード等はほとんど知られていない。何故か曾祖父の名前だけは出てくるが父母がどんな人物なのか、どこでどんな育ち方をしたのか何も分からない。

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昭和13年6月18日 前進する部隊を追って黄河をわたる慰安婦たち

②慰安婦問題に取組むきっかけ
 昭和48年(1973)初版の「従軍慰安婦」のあとがき(おわりに)で、千田本人が次のように書いている。

>私が慰安婦に興味を覚えたのは、昭和三十九年毎日新聞社が写真集『日本の戦歴』を発行したときであった。(註:実際の発行は昭和42年)この写真集は『毎日グラフ』別冊として編集されたが、十五年戦争を通じ毎日新聞特派員が撮影して来た、二万数千枚の写真の選別から編集までを私は受け持ってきた。
 ところがその作業の中に数十枚の不思議な女性の写真を発見したのである。(中略)写真ネガにつけられている説明に“慰安婦”の文字はなかった。が、この女性の正体を追っているうち初めて“慰安婦”なる存在を知ったのである。

 これが千田の動機となった有名な写真であるが、以前から不思議に思っていた。この写真を見た千田は「この女性は誰なのだろう?」「彼女たちは何処へ行くのだろう?」と疑問を持ったそうであるが、そんな疑問が湧くだろうか。たとえ湧いたとしてもそれが慰安婦強制連行につながる不自然さを感じていた。
 それにこの写真の右下にキャプションが付けられているが、『部隊を追って黄河をわたる慰安婦たち』とある。写真の編集は千田本人がやったと言っているので、この一文を挿入したのも千田であろう。慰安婦たちは軍隊を追って戦地を歩いて移動していたというのか。しかもスカートをまくっただけで黄河を徒歩で渡れると言うのか。答えは否しかない。
 つまり、この写真は千田の動機をでっちあげるためのフェイクだったのではないか。存在しない問題に取組むにはそれなりの切っ掛けが必要だ。千田はこの写真の女性を追っていくうちに慰安婦にたどり着いたと説明している。自分が慰安婦に興味をもった理由を捏造するためにこの写真を利用したのではないか。

③ジョージ・ヒックス本との矛盾
 クマラスワミ報告書でやたらと引用されたインチキ本で本自体の信頼性は低いが、千田の話と食い違うのは見逃せない。その著「性の奴隷 従軍慰安婦」(1995年 第1版)の中で次ぎのように書いている。

>スカートをたくし上げ、荷物を頭に載せて川を渡っている女性二人を写した戦時中の写真が、ジャーナリスト千田夏光の興味を引いた。日本兵が一人、彼女らと並んで、にたにた笑いながら歩いている。千田が元戦争通信員に彼女らは何だと尋ねると、朝鮮人「慰安婦」だという答えだった。

 最初から慰安婦だと教えてもらったらしい。しかも隣に日本兵がにたにた笑いながら立っているという。千田の話とどちらが本当でどちらが嘘なのかと言えば、どちらも嘘なのだろう。その時々に思いついた嘘の説明をするのは常套手段だ。本当に日本兵が写っている写真があるならば千田がそれを利用しない訳がない。或いは逆に、日本兵と慰安婦が一緒にピクニックにでも出かけたときの笑顔の写真なのかもしれない。実際に彼女たちの表情は明るく楽しそうだ。それならばその写真が本当に存在していても公表できないのは当然だ。もしそうだとしたら千田は日本兵の写っている写真を意図的に隠したことになる。

④多数にのぼる記述の誤り
 千田の本には多数の記述の誤りがあると指摘されている。それを検証し、事実誤認であると指摘している学者もいる。しかし、それらは誤りなどではなく、確信的に嘘を書いていると解釈した方が早い。
 産婦人科医であった父親(麻生徹男氏)が慰安婦制度の考案者のように嘘を書かれ、いろんな人が押しかけ『民族のうらみをはらす』とか『謝れ』などといわれ罪人扱いされたと抗議した産婦人科医の天児都(あまこ・くに)氏に対して、千田はあっさりと誤りを認めている。

>天児氏が千田に抗議し、訂正を申し入れたところ、平成8年4月に謝罪の手紙が届き、「私の記述が誤解をまねき、ご迷惑をかけているとすれば罪は私にあります」と書かれていたという。ところが、作者自身がこれほど明確に著書の根幹部分での間違いを認めたにもかかわらず、結局、それらは訂正されなかった。天児氏は法的手段に訴えることも考えたが、弁護士は「日本弁護士連合会はあなたと立場が違うから弁護できない」と断られた。(産経新聞報道より)

 普通なら誤りを認めて謝罪したのであれば訂正するのが当然の責務である。しかし千田は数々の誤り(嘘)を一切訂正することはなく、千田の本はジョージ・ヒックスに引用され、それがまたクマラスワミ報告書に引用され嘘が拡散していくのである。これは確信的犯行であるとみてよいと思う。

〇ここまでを総括すると、おそらく中国系の指示を受けた千田夏光は入手した写真、知り得た部隊名や人物名を適当に使いながら、「20万人強制連行」「性奴隷」を捏造していったのではないか。実際に会ってもいない人物から話を聞いたことにしたり、実際には話してもいない証言を取得したことにしたり、実際には存在しないエピソードを重ねていけばどんな結論でも導き出せる。
 そして千田に書かせた嘘本を引用文献にして中国の指示を受けた先生たちに反日論文を書かせ、それを引用して新たな反日本を書かせ、それらを調査資料として中国の支配を受ける国連特別報告者がレポートを書き、中国系がバックアップした人権博物館の根拠資料とするなど、一連の流れがスムーズに解釈することができる。逆に言えば、反日本、反日論文、反日国連報告書、反日博物館それぞれ総ての源流をたどって行けば千田夏光ただ一人に帰着すると言って差し支えない。吉田清治ですら千田の後塵である。

<疑問>

①千田が中国の指示のもとに嘘本を書いたと理解するとスムーズであるが、同時に千田は熱烈な日本共産党支持者であるという。日本共産党の不破前委員長の後援会会長にまでなっている。ところが、中国共産党と日本共産党は敵対関係であった。これをどう判断すればよいか? 中国共産党の密命を帯びた日本共産党へのスパイだったと仮定すると辻褄が合うが、もうしそうであるなら別の意味で恐ろしい。しかし、いずれにしても不破が委員長時代の1998年に、31年間対立・絶縁していた中国共産党との交流を再開しているので仮定は成り立つと思う。

②最近になって千田よりも前に「娘たちを女子挺身隊の美名のもとに強制連行した」という趣旨の報道が存在していると指摘し始めた人物がいる。しかし彼が公表したソウル新聞(1946年5月12日付)の引用部分には主語が書かれていない。敢えて省略したのではないかとも疑う。それは朝鮮人業者が犯していた犯行のことを報じた記事ではないのか?
 この指摘をしている吉方べき(43歳)は、日本の言語心理学者であるが、韓国に在住する仁徳大学校の非常勤講師であり、ソウル大学校大学院で実験心理学専攻、朝鮮日報日本語版サイト翻訳監修を務める人物である。もし彼の指摘が正しいとすれば今までの学者・研究者・マスコミ・国連特別報告者たちがナゼ見落としてきたのか? なぜ今頃になって若手講師が突然発見したのか? 彼が例示した複数の引用資料には全て主語が無い。その指摘は十分に怪しいと思われるが検証する必要はある。

<結論>

 若干の疑問が残り、推測の域を出ないが『千田夏光は中国の指示を受けていた』と考えると全てがスムーズに理解できる。つまり千田夏光は中国の工作員であったと推定することがきる。

新たな検証を期待する